いくさー、せーならん

「いくさー、せーならん」…「戦争を、絶対にしてはいけない」というウチナーグチ(沖縄の言葉)です。
戦争は、戦地に行った人にはもちろん、その家族や、周りの国の人々、一人ひとりに多くの波乱をもたらします。
この物語は、今年88才を迎える山内嘉政さんと妻のヨネさんが、戦争中とその後に体験した、本当にあったお話です。
その戦争が終わって、ちょうど60年が過ぎます。
(2005年6月23日 初版第1刷発行)
絵本製作のきっかけ
広島県の尾道市文化協会が発行した「尾道文化」という機関誌の中に、童話「山内さん」というタイトルで、昭和21年頃の父をモデルにしたと思われる1つの童話が紹介されました。衛生兵であった父は、戦争が終わって、沖縄に帰る暫くの間、大分県日田郡の小さな診療所に勤めていました。会ったこともない父の当時の様子を、広島県在住の池辺ケイコさんが書いた童話「山内さん」は、小さな診療所における、父と地元住民との心温まるお話でした。父が戦場から持ち帰ったペニシリンで、助かった少年の話は、特に感動的でした。
当初、その童話を読んで、父と母の半生を綴った、「自分史」を作ってあげようと思っていました。ところが、ペニシリンと衛生兵であった父の戦争体験を調べて行くうちに、インドネシア・スマトラ島での出来事やエピソードにたどり着きました。そこには、日本兵と地元スマトラの子供達や住民をわけ隔たりなく一生懸命治療し、地元の人々から信頼されていた父の姿がありました。戦中のスマトラ、戦後の大分県の診療所を通して、人々を愛し、家族を愛した両親の半生を形に残し、自分が感じた「ほのぼのとした感動」を子供達に伝えたいと思い、絵本を制作することにしました。
童話「山内さん」は、紙芝居となって、尾道市の小学校や老人ホームで語り伝えられています。戦後60年を経ても、「信頼に基づいた父との心の交流は、時を越えて人々の心に残っている」絵本制作を通して、そんな縁を不思議に思いました。そして、心の交流の輪を、英文にしてインドネシア・スマトラの子供達にも届けようと、現在、絵本の翻訳作業に入っています。
両親への米寿祝いとして絵本を制作しましたが、県内の多くの子供達に感動が伝えられたらと思っております。
山内 竧





